英国には有名な古いレンズメーカーが3社あります。最も古いのはロス Rossで、そこから独立したダルメイヤー Dallmeyer、そしてクック Cookeです。これらはいずれも油彩画のような写りがすると言われています。とはいえ、設計によってそれぞれ味わいが異なりますので、ネット上の作例を確認しつつ価格との兼ね合いを見ていき、最終的に1つの中判カメラを入手しました。Ensign Selfix 820というカメラでした。これにはロス Ross社のエクスプレス Xpresというレンズがついています。105mm f3.8というスペックです。
レンズ構成はテッサー型ですが、元々エクスプレスは後群の貼り合わせが3枚でした。このような構成はツァイス Zeissのテッサー Tessarの特許が有効だった時に特許を躱すためのものでエクスプレス Xpresもこの頃の設計なのでこうなったと思うのですが、本レンズは後代のものですから貼り合わせは1箇所に減っています。とりあえず早速すぐに、このレンズの描写と強烈な油彩感を味わいたいところでしたが、残念ながらヘリコイドがなく改造できません。元々このレンズが付いていたカメラの方は固定蛇腹式(カメラの中に畳んであるレンズを撮影時に繰り出して固定するもので、蛇腹はレンズをコンパクトに収めるだけのもの、距離を合わせるためのものではないのです)で前後に動きませんから、レンズの方で前群のエレメントのみを回転で前後させ、後群との間隔で距離を合わせています。この場合は前群の回転は無限で固定し、構成レンズ全体を動かす一般的な方法に変える方が良いとは思いますが、それだとヘリコイドを見つける必要がありますので、ビゾフレックス Visoflexを使うことにしました。その方がピントもしっかり合うと思ったからでした。
このレンズの第一の特徴は、独特の滲みです。特に赤い提灯のあたりに明確に出ていますが、線香花火の消え入る直前の火の玉が萎んでゆく様子に似ています。
色彩のバランスも独特です。色素に鉄分を混ぜたような雰囲気です。色彩が重厚感を感じさせる一方でボケは柔らかいというところに独自の個性があります。
奥に消え入るボケに儚さが感じられます。このレンズは意外と中国に合いそうです。
これを見た感じでは、少々青みが強い傾向があるようです。赤が微妙に紫寄りの発色になるようです。
手前のボケも奥へのボケと同様、消え入るような詩的な感じがあります。
ボケは非常に柔らかく滑らかですが、ピントが若干ズレた所の描写には僅かに粗い乱れが見られます。これが絵画的な雰囲気を醸し出す要因のようです。
人の肌の描写を見た感じでは、これでポートレートを撮ると厳粛なイメージになりそうです。女性向けかどうかはわかりません。好みが別れそうです。とはいえ、このボケは人物撮影においても有用な筈です。
小雨が降ってきましたので実際に湿っているのですが、レンズの描写自体も太い筆で描いたような感じがありますので、柳が心なしか重く見えます。
遠景を開放で撮っても申し分ありません。むしろ開放の方が持ち味が出そうです。
蓮ですが、よく見るとピントは微妙に花より手前に来ているようです。そのためか花は僅かなボケに包まれていますが、これは確かに絵画的と言える描写です。花より背景の方が絵画的に見えなくもありません。
このロス・エクスプレスはライカ・ビゾフレックスIIIに自作のチューブを付けて撮影していますが、R-D1での撮影ですから、ビゾのファインダーが直立型でないと取り付けられません。このファインダーはレアなので入手できておらずオークションにもなかったのでどうしようかと思いましたが、無しでも十分撮影できました。90°のファインダーはあるので、通常と逆に取り付けて見え具合を確認したところ、あまり良好と思えず、ビゾ上面のすりガラス部分を露出したままで撮影してもほとんど影響ありませんでした。ローライやハッセルブラッドのような撮り方になります。同じ105mmのレンズを距離計連動で撮るのとフィーリングはさほど変わりません。しかも距離調整でレンズの前面を掴みますので、撮影していることが周りに気付かれません。アングルは低くなりますから、子供の視点で撮影している雰囲気になります。
イメージとしてはこんな感じになります。