無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

「帝国光学研究所」について1

「ズノー」というレンズを作っていた東京のレンズメーカー - 2012.05.13


 ライカマウントのレンズが多くのメーカーで作られていた頃の日本の状況は、世界的に見ると独特のものがあったかもしれません。一般にレンズメーカーというと一つの国の中でそんなにたくさんあるものではありません。大きな投資が求められ、販売面で結果が伴わないと会社が簡単に傾いてしまいますので難しい分野です。レンズ製造の黎明期から生産してきたドイツ・オーストリア系の企業ですら合併を繰り返して淘汰が進んできました。多くの国ではそれぞれの国の軍需産業と結びつきつつ、少数の光学メーカーが国家の庇護の元に運営されていました。そのため、有る程度の秘密主義が伴って外国人をなるべく入れない方針から、レンズの個性にお国柄が出るようになっていき民族色豊かな資産が形成されていったのかもしれません。

 ここでドイツ、旧ソ連、そして日本と経済的に共産化されていたと言われる国々の状況を比較してみます。ソ連でも他の2カ国と同様、幾つものレンズメーカーがありました。それ以外にブランドというものがあり、普通は1つのブランドは特定の企業が生産するものですが、そうではなく、どこでも作っていました。現代ではOEMと呼ばれる外注で、日本のメーカーのカメラが実は台湾が作っているとか、そういうことは珍しくありませんが、それとも違い、ロモがカメラを出すとなると、あちこちで皆で作っていたような感じだったようです。全体が国営企業なので、会社は1つだけとも言えるし、たくさんあるとも言えるような、そんな状況だったようです。

 ドイツでは、1つ1つの企業が独立して独自の個性を持っていますが、カルテルが合法なので、時にソ連式の体制になったり分かれたりと柔軟に対応し、こうしたことは隠ぺいされることもなく、商品毎の提携関係が消費者にも有る程度わかりやすい形だったようです。ただ光学製品に関しては、販売不振の場合、何とか堪えて細々と売っていき、後の再起を図るというのは難しかったようで、弱い企業は速い段階で買収や倒産などしましたから、どうしても巨大化して纏められていく傾向ではあったようです。

 そして日本ですが、まず欧州商品の輸入から始まって、やがてドイツから技術者も招聘し、軍国主義の大きな流れの中で需要を増して光学分野の基盤を作りました。ニコンがかつて海軍御用達だったことはよく知られています。ここでもやはり国家や軍との結びつきがないと発展は難しいという要素はあったのだと思われます。ところがそれにも関わらず、次々と独立した企業が出てきました。今日でも多くの電気メーカー、自動車メーカーがこれほどある国は珍しく、その多彩さで米国やドイツを上回っています。これは日本の特殊性(製造する側も消費者も)が生み出したものであると言えるかもしれません。そのようにして出てきたメーカーの一つに、世界大恐慌の最中に設立された「帝国光学研究所」があります。

 しかし多くのレンズメーカーの中で、帝国光学を取り上げなければならない理由はそれほど多くはありません。むしろ、当時すでに抜きんでていたニコンやキャノンについて話す方が自然です。これらは古いレンズであっても、十分に現代でも普通に使えます。たいへん優秀なものであり、独自の感性も宿していますが、それよりもっと気になる点「倭人の個性を宿したレンズはどこにあるか」という観点から考えた時にレンズの優秀性だけで判断するのが難しいものがあります。日本には多くのレンズメーカーがあるので、選択肢は豊富です。しかし「どのレンズが日本の伝統文化を感じさせるものか」という視点で探した時になかなかこれといったものが見つかりません。いろいろ何でも作れる風土が自由過ぎて個人が出過ぎてしまっているのか、明治以降、外国文化を旺盛に取り入れてきた、これもやはり自由と言える環境ゆえに日本古来の伝統が霞んでしまっているのか、或いは、日本人だからかえってわかりにくいのか、どれもある程度は言えると思いますが、全部間違っているとも言えなくはありません。なぜなら、日本の各メーカーが作ったレンズは、世界のどの国のレンズとも違った個性を持っているからです。ドイツの幾つかのメーカーのレンズの個性がどれも違い、その一方でどれもドイツの風土を感じさせるものであるのと同様、日本のレンズもいずれも日本のものです。そうであれば、その中でも優秀なレンズが良いということになるので、外人はニコン、キヤノンに行くだろうと思いますし、それで良いと思います。しかし日本人にとってはどうでしょうか。日本の愛好家は割といろんな国内のメーカーの個性を楽しんでいるので、いろんな考え方もあると思います。

 かつて帝国光学が作ったズノーレンズは、ほとんど売れなかった模様でかなりレアで高額取引されていますが、このことは同社のレンズが大口径ばかりということと関係があるのでしょうがないことです。ズノーには50mmのレンズで f1.1というのがありますが、同じような大口径のレンズはコニカ、キヤノン、ニコン、フジにもあります。明るいレンズは技術の限界ギリギリに挑戦するので、難しい様々な判断が要求され、そのことによって設計者の好みが乗りやすいような気がします。そのため古風な日本文化が感じられやすいと思います。これら大口径のレンズでおそらく最も優れているのはフジですが、日本文化という観点から見たらズノーが一番味があると思います。

Zunow 50mm f1.1の量産型2種
プロトタイプも含めたガラス配置図と収差
 これはZunow 50mm f1.1 ガラス配置図で、収差図も載っている図の2,3番目を拡大したものが上の図になります。収差図の上はプロトタイプで特許が申請されたものです(US2715354)。2番目は量産型で、レンズ後端がかなり出っ張っており、改良されたのが3番目です。最初の量産はプロトタイプとほとんど変わらず、ガラスの間隔を変えてむしろ収差が増えていますが、これは実際の試写で決定したものと思います。3番目も傾向は大きく変わりませんが、球面収差にヘクトール 73mmのような波打ちがあります。それで設計変更前と後では描写はだいぶん違う筈です。

 帝国光学の技術部長はニコンから移籍した人でしたので、ズノーレンズはニコン系の筈ですが、描写からそのことを感じることはありません。そしてニコンがそうであったように帝国光学も大戦中に海軍から受注を受けていました。海軍は帝国光学に大口径レンズの開発を要請しました。どうしてもっと歴史のあったニコンに発注しなかったのかわかりません。非常に難しくコストのかかる仕事だったのでニコンが断ったのかもしれません。しかし結局はニコンもズノーが商品化した同時期に大口径を出しているのでできなかったということはなかったと思うのです。いずれにしても、こういう経緯からズノーレンズのようなものが作られたのは良かったと思います。日本の大口径レンズは主にゾナー型が採用されていましたが、それは帝国光学が先鞭をつけたのかもしれません。

 「日本文化を感じさせるレンズ」と「日本人が好むレンズ」は必ずしも同じではないかもしれません。日本人というとやはり古い人の方が良いと思うので、そうすると木村伊兵衛や土門拳がどういうレンズを好んだのかということになりますが、これはよく知られているようにニコンでした。この二人は個性がぜんぜん違うことでも知られていますが、それでも選んだのはニコンだったのは興味深いと思います。人物を撮影するのに大口径を、ニッコール 85mm f1.5を使うのであれば、日本の他のメーカーにも同じようなスペックのものはあったし、ライカやツァイスなど海外物でも良いものがあった筈です。それでも両巨匠がニコンを選んだのであれば、実際のところ日本的なレンズはニコンなのかもしれません。古風な日本人にはニコンの重厚感が堪らないのかもしれません。

 しかし回顧趣味的な観点から見るとやはりズノーになると思います。古風で儚い描写は独特の説得力があります。他にもこういう個性のレンズはないのでしょうか。それでいろいろ調査してみるとモデル毎では興味深いものがあります。キャノンの初期のレンズでセレナーという銘が付いたものがあります。この標準レンズで50mm f1.8は大口径ガウスのフレアが出やすい欠点を克服したとして設計師が勲章まで貰っていますが、その1つ前の旧式にあたるf1.9は柔らかさがいかにも日本的だと思います。欠点の改良は大いに結構ですし素晴らしい研究であったのは高く評価されてしかるべきですが、この"欠点"がなかなか良いのです。フレアが出るレンズが良いと言っているわけではありません。非常にシャープなレンズでも魅力的なものとそうでないものがあるように、ボケ玉にも悪いものと良いものがあります。つまりこういった性能はレンズ評価にあまり関係ないのではないかと思います。正直新型f1.8も良いのです。しかしf1.9はもっと深化しているような気がするのです。そしてf1.8も結構説得力を感じるのです。f1.8の方が使いやすいと思いますが、このf1.9は日本のレンズ群の中で傑作だと思います。

 他にもいろいろ探していくと、まだ興味深いものがありますので、これ以降見ていくことにします。まずズノーのレンズを見た後、現代のレンズも鑑賞し、その後は日本で作られた傑作と思われるレンズを見ていこうと思います。

ズノーレンズのカタログ
ズノーレンズは確かに「日本的」ではありますがそのことと販売は関係ありませんので、このパンフレットのモデルは英語圏へ販売するために外人を起用しているのでしょう。

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