ライカレンズの設計師マックス・ベレクが著書 (Grundlagen der praktischen Optik Analyse und Synthese optischer Systeme 邦訳:レンズ設計の原理) の中で説明しているトリプレットの設計があります。これがかなり興味深いので、製造してみようということになりました。これは後代に「トリプレット・エルマー」として出たものとは違います。
ベレクによると、トリプレットは極めて多様な構成のつきることのない泉をなしている。値の自由度と拡張性に優れているということを言っています。さらに、2人の互いに独立な人間がたとえ同じ種類のガラスを選んだとしても、実際上全く等しい光学系を設計するということはほとんど考えられない。何となれば、既に示したようにガラスの種類は出発時の要素の指定に対しては取るに足らないことだからである。設計はまず最初にレンズ構成を決めるのが一般的と思われるので、必然的に使用ガラスが大体であれ前提条件として決まっていることになります。それでもトリプレットは自由度が大きいので、たとえ選定したガラスが同じものであっても結果は設計師によって必ず違ったものになるだろうと言っています。そうであれば、ベレクがトリプレットを設計した時の結論はどうなるのか、実際にべレクの時代にトリプレットが出ていたらどんなものだったのか興味が尽きません。それゆえ、著書の中で明らかになっているデータは貴重なものです。ベレクは最終的に貼り合わせを使いましたが、それは彼の説明を見た印象ではトリプレットでは結論を出すことができず、貼り合わせて補強する必要を感じたということのような気がします。そのようにしてエルマーとかへクトールに到達したのだと思いますが、それでも著書のデータは十分に完成したトリプレットには達していますので発売されなかったのは残念です。
口径はf4です。ベレクは一枚目の分散を50ではなく60とした上で9種のバリエーションも記載しています。表として載せていますが、その後に最終稿の設計の際に上記記載の50に変更して最終確定させています。理由は書かれておらず、たとえば初期値としてと前置きして50とし、そのまま完成させてしまっているのです。60でいろいろ試したけれど何かが気に入らず、値を下げる必要を感じ取ったようです。この流れで行くと50のバリエーションもだいぶん確認した筈ですので、この設計例は単に例題として適当に提示した以上の価値があると考えられます。ベレク自身が、何となれば、既に示したようにガラスの種類は出発時の要素の指定に対しては取るに足らないことだからである。と言っていますが、しかし設計の「出発時」に対しては「取るに足りない」と言っているのであって、この流れを見ると最終結論に導く過程では重要なものと見なしていたのは間違いありません。以下、収差図で、焦点距離100mmのままで比較しますと縮尺は変わっていますが、収差そのものは色収差が変化しただけです。実際に試作品を作った上で決めたものと思います。普通は、60だと思うのですが、図では分かりにくいのですが、50の方が収差は少ないです。それでも結構多いと思うのですが、これを見た感じ、やっぱりモノクロ時代のものだなという感じはします。オールドライカがカラーではパッとしないのはこの辺りでしょうね。
ベレクは最後に、この系は球面収差が小さいだけでなく十分よいアイソプラナチックな補正 (注:非対称収差が補正されているレンズのこと) を有している。として十分に満足できるものであることを指摘した上で、それでも尚、補正が必要な場合のためにその方法を示しています。そして続いて、しかしこの収差の微少変化はもはや像には全然表れて来ないのである。と言っています。それでも調整法を示しているということは彼自身はその匙加減に気を配っていたのは間違いないと思います。おそらく最終稿は適当なところで中止したものではなく、彼の結論だったような感じがします。
ライカAGが公開している動画をマックス・ベレク設計のレンズを整理するで紹介していますが、この中に出てくるベレク直筆のノートにトリプレットが2種確認できます。その内の1つが本稿のレンズであるのは間違いなさそうです。
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