無一居

写真レンズの復刻「むいちきょ」
紀元2012年1月創業

クック・トリプレット「鼓灯」C5 50mm f2.5

3群構成の原点を診る - 2013.06.06


 英クック社によって発明されたトリプレットレンズは、発明された当初から画期的なものとして認識されていたようですが、時代を経るに従ってますます重要性が明らかになっていったように思います。この重要な発明についてライカレンズの設計師マックス・ベレクは著書の中で、3枚の単レンズから成っている単純なトリプレットは、構成要素の数が最小でありながらすべての収差を完全に除去し得る最も実用化されている光学系の一つである。(Grundlagen der praktischen Optik Analyse und Synthese optischer Systeme 邦訳:レンズ設計の原理 9章)と言っています。現代の認識ではトリプレットというと消極的には安物、積極的な見方であれば肖像用の優れたレンズであったりするわけで、いずれにしても「収差を完全に除去し得る」という認識では見られません。実際その認識で問題ないと思いますが、昔のクックのレンズは非常に優秀だったらしく、高級広角レンズにまでトリプレットを使用していたという現代では考えられない使われ方をしていたようです。ライカのヘクトール28mmがトリプレットの亜種だったのはこの流れを受けてのことだっただろうし、興味深いのはベレクの死後10年以上経って、カナダ・ライツが設計したとされるトリプレット・エルマーも非常に優秀なレンズだったということです。トリプレットに対するベレクの見方はライツ社内で共通認識されていたのかもしれません。ベレクの記述はまだ続き、このような構成を持つレンズの長所については既にガウスが指摘している。ということはトリプレットの発明はデニス・テイラーではなかったのかもしれません。しかしながらトリプレットが広く使用されるようになったのは、テイラーが古くからあるガラスタイプを用いてもこのレンズタイプでは完全にアナスチグマチックな像面の平坦さを達成できることを示したのに始まる。ガウスはトリプレットの理論を発見しただけで実用的なものにするには難しかったようです。テイラーはその回答を見いだしたこと、それまで新種ガラスを使わないとアナスチグマットは設計できないとされていたのに、たった3枚の単レンズだけで、しかも旧来のレンズだけで設計できることを示したことによって偉大だということなのだと思います。クックのトリプレットはテイラーによって取得された特許データがありその後、戦中にクックの名設計師 アーサー・ウォーミシャム Arthur Warmishamによってより短い焦点距離用に再設計されています。全部で9つの設計があるのですが、そのうち50mmにできるのが1つしかありませんので復刻する場合はこれになりそうです。英特許 GB560608に記載の1つ目です。口径はf2.5です。

クック・トリプレット レンズ構成図
クック・トリプレット 収差図
 半画角が21度まではかなり鮮明に写りますが、22度は上図のように角でボケます。感光面の角1mmぐらいから劣化しますので、保証できるのは20度ぐらいまでなのかもしれません。クックは性能に厳しいので他のデータと同じく18度ぐらいで想定している可能性もあります。肖像で使うとかなり良さそうです。ウォーミシャムは前後3回トリプレットで特許申請し、これは最後のもの、それぞれ3つの設計が記載されこれはその1番目です。トリプレットでそれも戦中にf2.5ですから凄いことです。


 クック・トリプレットはデニス・テイラーのものがオリジナルですので、それも確認しておきます (GB22607 US568052)。f4、半画角は13度です。50mmで出していますが、第2ガラスの厚みが0.1mmです。ですから焦点距離は500mmは必要です。肖像用として設計されているようですが、律儀に写りそうです。
テイラーによるトリプレット レンズ構成図
テイラーによるトリプレット 縦収差図
実際に販売されたクック・トリプレットレンズ
クック・トリプレットレンズの特許の記載があるもう1つのレンズ
 特許を確認しますともう1つ別の設計も載っていて、それが上の写真の右側に示されているライカ・ヘクトールのような設計です。f5.7で半画角は27.5度ですから広角風景用です。この時代ですから、肖像と風景、この2種で用意したということだと思います。19世紀の風景用は基本的に無収差です。
ヘクトール型トリプレット レンズ構成図
ヘクトール型トリプレット 縦収差図

 前述のベレクの本には、この本としてはかなりのページが割かれてトリプレットを説明していますが、その後に「トリプレットの変形」という項目があります。これも興味深いので引用します。単純なトリプレットが広く用いられているように、その数えきれない変形もよく用いられる。それらは単純なトリプレットから、1枚、2枚または全部の単レンズを貼り合わせレンズで置き換えたり、2枚の密着して置かれた単レンズに分解することによって得られる。そして例として図が載っていて、そこにはテッサーとヘリアが記載されています。ベレクはテッサーについて、明確にトリプレットの発展系と認識していたようです。もう1つ、エルノスターも載っています。このように複雑化する目的は・・・開口をもっと大きくするか・・・ガラスがないため単レンズでは実現できない値に高めたり低めたりするためである。単レンズのみによるトリプレットを土台にして貼り合わせを使うのは、単にトリプレットの拡張であるということを言っています。そうであれば、エルマー、ヘクトール系のすべてはトリプレットの派生に過ぎないと認識していたと思われます。そのような等価値を導入した後は、指定の遂行については単純なトリプレットと何ら変わりはなく、個々のレンズやその形状の決定は前節の説明で既に述べた通りである。等価値というのは貼り合わせのことです。指定の遂行とはすでに決まっている設計順序のことです。前節の説明というのは、ベレクが実際にトリプレットを設計して見本を見せている部分です。描写の観点から、トリプレットとその他の貼り合わせた変形は全く別物ですが、設計観点から見ると同じものということです。ベレクは貼り合わせのあるトリプレットは販売しましたが、貼り合わせの無いものは製品化していません。それでこの本に載せられているデータはかなり興味深いものがあります。


 ウォーミシャムのその他の設計も確認します。英特許 GB523062は2,3番目の設計に屈折率が2を超えるガラスが使われていて確認できません。近似値の1.9999で確認しますとほぼ1番目と同じでしたので、1番だけ確認します。f2.5で半画角は18度なので65mmで出しました。
ウォーミシャムによるトリプレット1 レンズ構成図
ウォーミシャムによるトリプレット1 縦収差図


 2つ目の特許 GB532950 US2298090は全3種確認できます。現代のフルサイズに合わせ、1:65mm f2.5、2:80mm f2.2、3:50mm f2.7で出しています。厚み、明るさ、画角の順に前進が見られます。
ウォーミシャムによるトリプレット2 レンズ構成図
ウォーミシャムによるトリプレット2 縦収差図
ウォーミシャムによるトリプレット3 レンズ構成図
ウォーミシャムによるトリプレット3 縦収差図
ウォーミシャムによるトリプレット4 レンズ構成図
ウォーミシャムによるトリプレット4 縦収差図


 3つ目の特許 GB560608の1つ目は最初に見ましたので、2,3番目を確認します。これもフルサイズのフォーマットに合わせ、2:41mm f2.5、3:65mm f2.5です。どちらも厚さ0.3mmのガラスがあるので実現はできません。広角で41mmまで広げました。最後のものは肖像用としてはすごく良いでしょうね。
ウォーミシャムによるトリプレット5 レンズ構成図
ウォーミシャムによるトリプレット5 縦収差図
ウォーミシャムによるトリプレット6 レンズ構成図
ウォーミシャムによるトリプレット6 縦収差図

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